ユーザー同士の関係性が鎖となり、” プラットフォームロックイン ” 状態を生みだしているとして、無論、運営者はそれを利用するだろう。
どれだけ広告だらけにしようと、政治的発言を取り締まろうと、罵詈雑言や、注目を集めるためだけのデマを放置しようと、ユーザーはそこを離れることはないために、運営側は、ユーザー体験よりも自社利益を追求することを優先するようになる。
Googleは検索エンジンという分野でデファクトスタンダードとなり、どれだけ検索結果が滅茶苦茶でも、gmailやGoogleドライブ、オフィス系ソフト、YouTubeなど、一つのアカウントで全てのサービスにアクセスできるという利便性によって私たちが ” Google漬け ” となっている限り、bingやduckduckGoを使うことはない。
私は、bingを使っているが。
最近、検索広告市場で独壇場だったGoogleのシェアが50%を割ろうとしているといった話や、米司法省がGoogleの分割を検討しているというニュースも出ているが、依然としてGoogleは、” 支配者 ” として君臨している。
つまり、プラットフォームロックインは、利益だけを追求する傍若無人な権力者を生み出す構造を作る。そして、ほとんどの企業は、その誘惑に抗うことはできない。
全てを兼ね備えた人工的エコシステムは、一見、理路整然と設計された統一感のある一つの都市のように見えるかもしれない。しかし、その規模が大きいほど、私たちにとってはリスクとなる。
それは、私たちから自由を奪うための ” 美しい牢獄 ” のようなものだ。

