さて、クリス・ズコウスキー氏の主張に戻る。彼の話では、拠点としてSNSを選ぶのは悪手であって、本来は自身のドメインでウェブサイトを構築すべきだと言う。
それは、一般的にSEO対策として言われているようなドメインパワーの問題ではなく、SNSに拠点を作ってしまうことのリスクを避ける意味でだ。
SNSには広告塔を建て、本拠地としての城は作らない。広告塔から導線をたどって人々は城を訪れるようになる。これが理想的な形というのだ。
ここで現実的な話をした場合、例えば、このブログ記事をXにURLリンクをつけて投稿したとしよう。つまり、広告塔から城に導く導線を作ったわけだ。果たして、そこから人々はやってくるだろうか?
やってくる場合もあるが、それは極限られた少数であって、大方はスルーということになる。そもそも広告とはそういったものだから、それ自体は想定内だ。注目すべきは、人々がリンクを踏みたがらない心理だ。
なぜ、人々はリンクを踏むことを拒むのか?
ここに二つのアカウントがある。一つは、時事を取り扱う某ブロガーのアカウントであり、毎日、Xに投稿しているが、それらは全てブログ記事へのリンクであり、それ以外の呟きは一切無い。
もう一つは、SNSを中心に活動しているアカウントで、毎日、時事についてコメントをしている。もし、あなたがフォロワーになるとしたらどちらだろう?
多分、後者だ。
後者を選んだ理由は、広告に対する嫌悪感だ。どこかのブロガーが張り付けたリンクを踏むことは ” まんまと引っかかった鴨 ” というわけである。誰もが鴨になることを避けるためにリンクをスルーする。
もう一つは、これまでのユーザー体験である。リンクを踏んで飛ばされた先が個人を偽った企業の物販サイトであったりという体験は誰でもあるだろう。
日本人特有とは言わないが、大方の人々は、広告を見て金儲けのために自分が利用されることを嫌う。他人が儲かることに対して嫌悪感を抱くのだ。誰かの足を引っ張って気晴らしにする心理にも似ているが。
そういった意味で、ブログへの誘導ではなく、SNSで発言している後者のアカウントの方がビジネスの匂いがなく、親しみやすい。
とは言え、SNSでの発言は、ブログに書くべきことをSNSで投稿しているわけだから、発信される内容は同じである。むしろ、記事を仕上げるハードルは下がるためブログよりは内容が薄くなることもあるだろう。
また、それがSNSに投稿された発言であっても、結局はフォロワー数とビューを稼ぐための情報発信である。やはり、親しみやすいからという理由でフォロワーになるユーザーも ” 鴨 ” でしかないのだ。

