Xは、相当、おかしな世界になっている。


Xのタイムラインでとある投稿が目に入った。それは、性差別的発言を批判するものだった。つまり、特定の女性に対し ” 女 ” と言ったら、その女性は怒り出したという話だ。

確かに男性本人を前に「この男が・・」とか、女性に対して「女は・・」というのは、無礼な言い方ではあるが、性差別発言だと言って、集団で袋叩きにしていいほど罪深いかと言えば、そうではないと考える。

問題の本質は、無礼な態度を取ったことであり、その言葉が性差別発言かどうかではない。この発言は「田舎者」とか、「若造」とか、「ジジイ」と発言するのと大して変わらない。高齢者に向かって「おい、そこのジジイは黙ってろ」と言えば、高齢者は怒り出すに決まっている。

怒りの着火点は侮蔑的態度であって、性差別的態度ではない。

もし、病院で看護師に「この男性が・・」と言われたとしても別に腹は立たない。年齢や性別で患者をカテゴライズするのは医療を提供する側にとっては重要な情報だ。また、会社で「女性スタッフ」と呼ばれても腹は立たないだろう。それは「営業部の方」「現場作業員」と言われるのと同じだ。

さて、ここで侮蔑的態度として捉えるのではなく、あえて性差別的発言というファクターを取り出した理由は何だろう? その方が注目を集めやすいからだ。要するにアテンションエコノミーに利用されたのだ。

また、本当に差別的発言に苛ついて袋叩きに参加しているならば、もはや、通りすがりに喧嘩を吹っ掛ける酔っ払いと同じく危険人物である。

もし、公共の場所で誰かが差別発言をする者がいれば、勇気のある人が進み出て「今の発言は良くない。撤回しなさい!」と言うことはあっても、殴りかかったりはしない。罪に対する罰の重さが大き過ぎる。

必要以上に上乗せした罰の部分は、一体、どこから来ているのか? この苛ついた人々の集団は、なぜ生まれたのか?

それは、” プラットフォーム ” という鳥かごに閉じ込められ、飛ぶことを禁じられた鳥たちの喧騒である。