SNSが劣化していくメカニズム


つまり、鎖に繋がれた人々が、特定のプラットフォームから移住することも出来ず、押し売られる広告や不協和音にさらされながら耐え忍ぶことになる。

プラットフォーム運営者は、存分に利益を上げるための方策を講ずることが出来るわけだ。ユーザー体験が最悪だったとしても、最終営業利益は過去最高となり、株価は上がり、投資家の評価を得る。

業績が良い企業ほど良質なサービスが提供されている、とは限らないのはそのためだ。

誰もが思うだろう。なぜ、大手の企業は儲かっているのに、アフターサービスが悪いのか? なぜ、致命的な問題が長い間放置され続けているのか? それでも、なぜ、誰も離れていかないのか?

大手のSNS上を情報発信の拠点とすることは、必然的に無理やり足止めされた人々が対象となる。

彼らは、住み心地の悪い世界に嫌々住み続けながら、常に苛々しているわけだ。何か気に入らないことがあれば、すぐにかけつけて袋叩きを始める。

そこで問う。最も彼らの注意を惹きそうな情報とは、何か?

それは叩く対象であり、自分とは違う価値観を持つ人々への排斥であり、理解するのに頭を使わず刹那的に消費できる ” イラつかせない ” コンテンツだ。

情報発信者は反響を測定し、何が求められているのかを理解し、そこにコンテンツを投入する。

これらは、ショート動画が流行っているというような時代の流行廃りの話ではなく、単に、プラットフォームロックインから必然的に導かれる問題である。

Xに蔓延する極端な政治思想や、差別発言、煽り、デマ、誹謗中傷など、アテンションエコノミーコンテンツは苛ついたゆとりの無い人々に油を注ぐ。

大手SNSを拠点とした場合、情報発信者は、それを続けなければならない。なぜなら、ロックインされているから。いずれ、嘘をつかなければならなくなる。情報の信ぴょう性と引き換えに。

そこは建設的で自由活発な議論も、支えあう共存関係も生まれない不毛地帯だ。こうして、SNSは情報交換、共有の場としての価値を失っていく。無論、情報発信者の拠点はその沈みゆく船と共に。